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エンダウメント投資戦略
山内 英貴
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知識・教養
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資産形成
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ハーバードやイェールの投資戦略

資産運用業界で長く畏敬の念をもって知られる機関投資家といえば、多くの人が米国のエンダウメント(大学財団)を挙げるでしょう。

現代では、資産運用の世界でエンダウメントといえば、米国の大学、なかでもアイビー・リーグの名門ハーバードとイェールが双璧です。ともに2兆円を超える規模の資産を積極的に運用し、過去20年前後にわたり、年率平均10%を超えるリターンをたたき出して、現代の大学の競争力の源泉とされる財政力の飛躍的向上に大きく貢献しました。世界中から有能な教授・研究者・学生を引き寄せることのできる魅力的な環境・待遇を用意するために、名門大学はその財源となるエンダウメントの強化拡充に注力しているのです。

主要エンダウメントの運用状況は、それぞれにホームページで詳細に開示されています。2004年からの10年間でみると、2008年の金融危機をはさんで、経費控除後の年平均リターンは11.0%となっており、米国株式の年平均リターン8.4%、米国債券の年平均リターン4.9%をともに大きく上回っています。

エンダウメントの最大の強みは、エンダウメントが、返済する義務のない純粋な自己資金だという点です。

エンダウメント投資戦略とは

エンダウメント投資戦略の骨子は4つです。

長期で投資する

エンダウメントの資金は、他の機関投資家と違って、返済期限のない半永久的な運用資産です。そのことが、本物の長期投資を可能にしてくれます。

第一に、短期的な市場変動にアタフタしなくて済む(ようにできる)ということです。最悪の時期に損切りをし、必要のない早期の利食いをする、ということを避けることが可能になります。

売ったり買ったりの回数が増えるほど、確実に長期リターンをむしばむものがあります。取引コストです。投資におけるコストは、リターンを生むことはないので、無駄なコストをかけないことが成功の第一歩です。

第二に、長期投資の利点は、短期投資では不可能な資産や戦略に投資できるという点です。

例えばインフラ投資では、新興国の借り手は資金の手当てができれば発展に導く自信があるので、多少割高な条件でも資金調達しようとします。これが流動性プレミアムです。

いつでもすぐに現金化できる投資に対しては資金の出し手が多く、市場価格が形成されますが、現金化の困難な長期の投資にはなかなか資金の出し手が現れないため、より高い金利など、投資家に有利な条件が設定されやすいのです。

分散投資を徹底する

ただし、ポートフォリオの過半をたとえば新興国のインフラのような特定の資産・戦略に集中投資するようなことはありません。

エンダウメントは、リスク・リターンの相関が低い資産をポートフォリオに組み入れ、最も効率的なリスク・リターンを実現しようとしています。まずリスクありきで、リターンはリスクをとることに対する対価と考えているのです。

オルタナティブ投資を積極的に活用する

米国では機関投資家による運用は株式60%・債券40%に投資するポートフォリオが一般的でした。ところが、イェールはポートフォリオの抜本的な見直しを行い、現在では、米国株式・債券に対する投資比率は10%程度に低下しています。それに代わって、いわゆるオルタナティブ投資を積極的に導入したのです。

かつての株式・債券=60対40の時代から、エンダウメントのポートフォリオは様変わりしたわけです。

外部の運用会社を使う

基本的に、資産配分が決まったら、資産クラスごとに優秀な運用会社を起用して、運用自体は外部委託してしまいます。つまり、相場の先行きを予想したり、銘柄選択のための調査などはそれぞれ専門の運用会社に任せる。自分たちは、よい運用会社を探して、長くじっくりと付き合うことに徹するというスタンスです。

幅広い市場での分散した運用を一個人が直接行うことは合理的でないのです。趣味を兼ねた楽しみが一番の目的なら話は別ですが、リスク・リターンを意識しながら、長期的に資産形成を図ることが一番の目的であるならば、市場を追いかけて一喜一憂すべきではありません。

大切なのは、自分の資産運用の枠組みを決めて、それを守ること。そして、よい運用会社、プロに委ねることです。

また、利益が出たからいったん売却して確定しておこう、などということをしないことです。利食いは税金の負担を生むうえに、取引コストもかかります。比較的短期間の運用で、目標金額とか資金を利用する期限が決まっているなどの事情がなく、予め期限の決まっていない長期分散型運用を行う投資家にとって、利食いは損切り以上に長期の実質リターンをむしばむ行為です。

運用会社の選択をどうやるか

まず、好ましくない運用会社、ファンドをユニバース(ポートフォリオに組み入れる対象銘柄群)から外して、候補を絞り込んでいくという方法を、エンダウメントをはじめ、多くの機関投資家が採用しています。

次のようなポイントが重要です。

パフォーマンスに対する明確なコミットメントがあること

投資家にとって資産運用の目的はなんでしょうか。いうまでもなく、リターンを得ることでしょう。まずはパフォーマンスへのコミットメントが不可欠なのです。これにはっきりとコミットしない運用会社、コミットメントの表明を逡巡する運用会社は、そもそも顧客資産の運用を受託する資格はありません。

経営者と運用者の顔が見えること

投信の運用は、銀行や証券会社などの販売会社ではなく、投信委託会社が行っています。日本の場合、規制上は投資運用業者が兼営していることがほとんどで、それは資産運用会社です。そして、運用会社の代表は代表取締役、つまり経営者です。運用会社の経営陣がどんな人たちか。ファンド・マネジャーはいったいどんな人物なのか。それが見えなければ、自分の大事な金融資産の運用を、素性も知れぬ誰かに委ねるようなものです。

コストが適正であること(合理的であること)

投資家の期待するリターンにとって、長期的にみて確実に足を引っ張るものが2つあります。ひとつは運用報酬や取引コストなどの費用。もうひとつはファンドを売却したときの利益に対して課税される税金です。

資産運用のリターンにとって、この両者は確実にマイナスであり、避けて通ることはできませんが、合理的な範囲内に抑制することがとても重要です。

日本の投資家は、ゼロ金利で経済成長率も低い環境の中で、初年度に4%というコストを支払ったうえで、2年目以降も1%を大幅に超えるコストを支払い続けながら運用を行っているのです。もちろん、ファンドごとに違いがあるので一概にはいえませんが、平均してみるとコスト分は市場に負けてしまう「敗者のゲーム」になっているのです。

投資家と運用会社との利益相反がないこと

資産運用会社は、本来、投資家利益を最優先に考えて行動しなければならないという受託者責任を負っています。しかしながら、同時に資産運用会社は営利企業であって、自らの利益を追求する存在でもあります。

運用パフォーマンスにコミットして、いかに投資家利益に貢献するか、という観点よりも、ときに、どうしたら多くの投資家からたくさんの資金を投資してもらえるだろうか、と運用よりも販売が優先されがちです。

運用会社の独立性が確保されているかどうかは、とても重要なポイントです。日本では独立系の運用会社というと、なにか胡散臭い印象を持たれがちですが、運用先進国の欧米では、むしろ経営の独立性は積極的に評価されるのです。

個人投資家のためのエンダウメント投資戦略

エンダウメントは、運用規模が巨額で、最先端の金融理論にも精通したプロ中のプロが運用を行っていることなど、個人投資家と対極にある存在に思えます。しかしながら、運用資金の性格を考えると、借金ではなく、自己資金を長期で運用できるという点で、エンダウメントと個人投資家はとてもよく似ているのです。これは、個人投資家の強力な武器です。

個人投資家は、エンダウメント投資戦略をお手本にすることで、積極的な長期分散投資という、銀行や保険会社が真似できないような本腰の入った運用をすることができるのです。

資産配分は、長期投資の立場から、どういう資産クラスにどの程度の割合の投資を割り振るかを決定することです。金融学界で評価の高いいくつかの論文で、機関投資家のポートフォリオを対象に実証分析を試みた結果でも、リターンの良し悪しを決定する最大のかぎは資産配分であると結論づけられています。リターンの80%は資産配分で決まる、というのです。

ひとたび資産配分を決定したら、原則として1年に一度しか見直しは行わない。そして、その配分比率がリターンに決定的な影響を与える、ということから、いかに大切なステップかがわかります。

投資時期 

個人投資家の長期分散投資には、本来、積み立て型の投資が最も適していると思います。売却して資金化する時期はまだずっと先で、確定していない限り、いつ、どの程度の水準で投資するかが問題になりますが、積み立てであれば、余計なことを考えずに、機械的に投資タイミングを分散することができます。

そしてリバランスは長期分散投資を行う投資家にとっては、非常に大切です。それは、当初決定したリスク対リターンの効率を維持し続けることだからです。

また、数年に一度、極端に市場が変動した場合には、バブルで膨らんだ資産を高く売り、暴落で極端に売られた資産を割安に仕入れることができる可能性もあります。これは長期的にリターンの底上げにつながります。

投資対象銘柄

資産配分方針が決まり投資するタイミングを決定したら、ポートフォリオ構築の最終ステップとして、具体的にどの銘柄に投資するかを決定します。

個人投資家は常識的に考えて圧倒的に不利です。プロ同士が厳しい競争をしている市場に入っていって、プロたちを出し抜いてよりよいリターンを上げ続けることは困難です。一度や二度はうまくいくこともあるでしょうが、それは運用力というよりは、幸運に恵まれた結果でしょう。

そもそも、個人投資家がプロでないということは、仕事などやるべき本業が運用以外にあるということです。寸暇を惜しんで、市場を追いかけたり、銘柄発掘に血眼になることがそもそもよいのかどうか疑問です。

運用会社に課せられた唯一にして最大の責務は、受託者責任です。つまり、投資家の利益を第一に経営し、運用することです。ところが、運用会社も営利企業であり、企業経営者は株主から経営を任されて、企業価値を上げる、つまり会社としての利益を上げるために行動することが期待されています。これ自体はごく当たり前のことで、それ自体なんら問題はないのですが、厄介なことに、投資家利益と株主利益は往々にして対立してしまいます。

こうした運用会社の利益相反を抱えてつくられた投信は、10年以上の長期でみれば、市場に勝つという目標を果たします。短期的にはうまく利益が出て売却できることもあるでしょうが、売買に伴う手数料と税金の法外な負担は、長期では確実にリターンをむしばみます。

エンダウメントポートフォリオの構築

ETFがここ数年間で急成長しています。ETFとは上場投資信託で、エクスチェンジ・トレーディッド・ファンドの頭文字をとってETFと略称されています。日本のETFはパッシブ運用型ですが、国外では指数連動型以外のアクティブ運用型ETFも増加し、多様化がすすんでいます。

ETFではインデックス・ファンドに比較して、コストが相対的に安く抑えられます。また、ETFを通じて、低コストでコモディティ(商品)に投資することが可能です。つまり、ETFを使うことによって、伝統資産に対する低コストのインデックス運用と、従来はなかなか難しかったオルタナティブ資産への投資が容易になったのです。

ETFと並んで、個人投資家のエンダウメント投資戦略に有効なのがリート(REIT)です。REITとは、RealEstateInvestmentTrustの略で、多くの投資家から集めた資金で、オフィスビルや商業施設、マンションなど複数の不動産などを購入し、その賃貸収入や売買益を投資家に分配する商品です。

REITは、流動性の低いオルタナティブ資産の筆頭格である不動産投資に、高い流動性をつけてくれました。また、まとまった資金でないと投資できなかった不動産に、小口での投資を可能にしました。

REITが登場する以前、一般の個人投資家が不動産を分散投資対象とすることは困難でした。実物の不動産投資を行った場合、何らかの事情で資金が必要になったときに換金するのは容易でありません。コストも高くつきます。しかし、REITの登場で、小口の資金での不動産投資が容易に行えるようになったのです。

21世紀これからの投資環境

金融市場では、この先、いったいどういったイベントが起こるのかわかりません。ひとつ確実なことは、これだけ富の現状維持を希望する人々が世界中に溢れているということは、それだけマグマ(専門用語では、ポジションといいます)が溜まっているということです。いつ何が起こっても不思議ではないですし、大きなイベントはいつも過去とは違う形で襲ってくるでしょう。それを正確に予見することは不可能です。

資産運用の原則は、まずリスクをとって、結果的にその対価を得ることです。そのリスクの実現性が予測できない以上、できるだけ分散して、予想外の事態にも踏み留まれる体制を作っておくことが必要だと思います。その有効な選択肢のひとつが、オルタナティブ投資を活用したエンダウメント投資戦略なのです。

著者
山内 英貴
株式会社GCIアセット・マネジメントファウンダー・代表取締役CEO。1963年栃木県鹿沼市生まれ。日本興業銀行でトレーディング・デリバティブ関連業務に従事した後、2000年4月に独立し、ヘッジファンド運用に特化した資産運用会社グローバル・サイバー・インベストメント(現GCIアセット・マネジメント)設立。2007年4月より東京大学経済学部非常勤講師。1986年東京大学経済学部卒
出版社:
東洋経済新報社
出版日:
2015/7/23

※Bibroの要約コンテンツは全て出版社の許諾を受けた上で掲載をしております。

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